思考法

禍福は糾(あざな)える縄の如し

松下幸之助さんの捉え方

松下電器産業(現パナソニック)を創業した松下幸之助さんは、若い頃船に乗ってよろめいて海に落ちてしまい、泳げずに溺れて死にそうになっているところに、たまたま通りがかった船に救い出されて命拾いをしたのだそうです。

松下さんはそれを不幸ととらずに、

「自分は本当に運が強い。この運の強さでこれから人生のいかなる困難も乗り切っていける」

と強く思われ、幸いに転じました。出来事をどう捉えるかで全く異なるものになります。

古来から「禍福は糾える縄の如し」や「人間万事塞翁が馬」という言葉に表されるように、人生は正と負の二つの側面に分けられ、お互いの関係性について考えられてきました。先の言葉は、幸いだと思ったことが不幸にもなり、不幸と思ったことが幸いになる、という表裏一体の関係を特に表現しています。

バランス思考と私

私に病魔が忍び寄る数ヶ月前、宇宙の秩序を構成している「バランス」について本で学びました(1)。

ポジティブとネガティブ、良いと悪い、支援と試練、平和と争いは、すべて二つひと組でやって来て、同時に存在し、完璧なバランスを保っているというものです。つまり、物事にはそもそも正も負もなくニュートラルな状態にあって、私たちの価値観に従って、あるものは善い、あるものは悪いと判断している、という考え方です。

例えばホームパーティーに呼ばれて家を訪問する際に、時間通りがよいとする国もあれば、少し遅れて行った方がよいという国もあって様々です。けれども、本来どちらが正解でも不正解でもなく、善い悪いというわけでもないはずです。お箸で食べるのもフォークやスプーンで食べるのも、どちらが善いということではありません。あるのは文化を背景とする価値観の違いだけです。

では、ここで困難や逆境について考えてみましょう。

はじめは苦しくて早くそこから解放されたいと思っていたことが、のちに「成長のために必要だった」と心から言えたとき、嫌な出来事から感謝する出来事に変わっています。つまり、真実ではない偏った見方が私たちを苦しめるのです。

どちらにも偏らずに真っ直ぐに真実を見るとき、正と負の両方の側面が見えてきます。そしてどちらの面もあることが腑に落ちるや否や、心は開いてどちらも受け入れることができるのだと思います。

入院中に数えたメリット

入院をしてすぐ、ほぼ全身に麻痺が及んで寝たきりの状態のときに、私はこのバランス思考のことを思い出しました。

「そうか、この状況にもきっとメリットがあるはずだ!」

ペンさえ握れなかった私は、スマートフォンの画面をぎこちなくタッチしながら、恩恵となることを数え始めました。こうして少しずつ私の中で何かが変わっていきました。

よい面しかないことはなく、悪い面しかないものはありません。どちらも見えるようになったとき、人生は背後で動き出しているのだと思います。

(1)正負の法則(ジョン・F・ディマティーニ著、東洋経済)