乗り越える人、とどまる人
自分が病をギフトと言えるようになったのは、なぜなのだろう、何か法則があるのだろうか、そんなことばかりを私は考えていました。これまでの人生の中でギフトにまつわる経験ははじめてのことで、なぜか取り組まずにはいられない使命感のようなものがありました。
人生の困難や逆境は、突然私たちを襲い、避けることがほとんどできません。逃れたと思っていても、違った形で何度もやって来ることさえあります。
「乗り越える」という言葉のもつニュアンスも人それぞれです。多くの場合、解決して克服した状態を言いますが、私のように身体は元の状態にまで回復していなくとも、困難に出遭う前よりも自身の次元が上がって、「乗り越えた」と表現する人もいるでしょう。
このように克服したり成長して、乗り越えていく人もいれば、打ちひしがれてそこにとどまってしまう人もいます。どちらの人も乗り越えた先の新しい人生のステージでいきいきと自分らしく生きたい、そう願っているはずです。
では、その差はいったい何なのでしょうか?
ギフト思考
困難の「困」という字は、囲いの中に木を入れておくと、木はぐんぐん伸びることができないで困るという意味で、閉じこめられてどうにも伸びようがなく、なかなか打開できずに難しいので、「困難」となるのだそうです。
この「囲い」の中に「人」が入ると、文字通り、「囚」われてしまい身動きが取れなくなってしまいます。
自分が辿ってきたギフトまでの道のりを、まるで一本の映画のように全体を見渡したとき、一貫性のある大きな流れに乗っているかのような不思議な感覚にとらわれました。そしてそれぞれの要素を分解して吟味していくと、困難をギフトに変える力・習慣・プロセスがあることが分かりました。これを私は「ギフト思考」と名付けました。
人生に訪れるどんな出来事もこの「囲い」を緩ませて、贈り物のように受け止めることができたら、いつでも、何度でも、困難を乗り越えることができるのではないでしょうか。
あなたという木は大きく枝を伸ばして幹を太くし、根を強く張り、たくましく生きていくことができます。
ギフトになることは決まっている
私がまだギフトと言えることができなかった頃、ある人から
「いつかきっと必ずやギフトになることを信じている」
という言葉をもらいました。
それはいつかやって来るかもしれないけれど、今はまだわからない、というのが当時の心境でした。
今思えば、そのときからギフトに変える旅にこぎ出していったのかもしれません。ですから、今ピンとこなくてもきっと大丈夫です。あなたはもう魔法の言葉のひとつを知ってしまったのですから。
今度は、私が授かった言葉をあなたに贈ります。
「あなたにはギフトに変える力があります。変えられます」。
ギフト思考があなたの助けになることを信じています。
(1) 一日一言(安岡正篤著、致知出版社)